星の数ほどあるブログの中から、当ブログにお越しくださりありがとうございます。「老化もまた進化」を合い言葉に明るく生きるためのヒントを愛を込めて綴ります。
私たち人間はよく後悔をしてぐるぐると過去のことを考えます。もっとこうすれば良かったと。それを反すう思考と言います。
前回の記事では、とりあえず「 ありがとう」 言っとけば、気持ちが楽になるし、脳が勝手にありがたい出来事を探してくれて、実際にありがたいと思える現実がやってくることを書きました。
ですが、そもそも 私たちに後悔するほどの選択肢なんてあったのでしょうか?
ニーチェの言葉
人生は今この瞬間の選択の連続で成り立っています。今この瞬間の選択、それが唯一の選択だった。それ以外の選択肢はなかった。この考え方にたどり着いたのは、「ニーチェ」のおかげさまなのです。
快・不快は考え方から生まれる
快感とか不快感は、何かが自分に与えてくるものだとわたしたちは思い込んでいる。けれども実際には、自分の考え方が動かしているものなのだ。
たとえば、何かをしたあとで わたしたちは 「ああしなかったら、うまくいったのに」と不快感を覚える。逆に「 こうやったから結果が最上になった」と快感を覚える。
こういうふうに思えるのは、自分はやり方について どちらの選択もできたと考えているからだ。 つまり、自分にはいつもどちらも選べる自由があるという前提から生まれた考えなのだ。
自分には選択の自由があったというその考えさえなければ、こうなったという現状に対して、快感も不快感も生まれる隙はないのではないだろうか。
「超訳 ニーチェの言葉」白取春彦編訳より
自分には「選択の自由があったというその考えさえなければ」この一文を読んだ時にガツーーーンと衝撃が走りました✧\(>o<)ノ✧
自分には選択の自由があると信じ込んでいたから。それは単なる思い込みだったと気づいたからです。視点が変わったのです。
後悔、それは今の視点から過去を振り返っているからこそ生まれるのです。
その時の自分が持っていた知識・感情・環境・状況の中では、それが唯一の選択だったのです。
たとえば、道を歩いていて「右に行けばよかった」と後悔しても、もしその瞬間に戻れたとしても、その時の自分はやはり右を選ばなかった。なぜなら、その時の考えや情報、気持ちは変わらないからです。
つまり、その瞬間に仮に何度も戻れたとしてもですよ、人は同じ選択をするということです。「過去の選択はそれしかなかった」という考え方になります。
「自分には選択の自由があったというその考えさえなければ」なにもこんなに後悔することもないのでした。あれ?何やってたんだ?無駄なこととは思いませんが、気がつくタイミングが今だったのか、長かった~~という感想です。
私たちは未来に向かって生きていますから、いつまでも過去にこだわらず、ここは潔く「あの時の自分は最善を尽くした」と認めること。キッパリと気持ちを切り替え、今できることに意識を向けるのが大事かもしれませんね。
しつこく考えてしまう人間の心理
あの時の自分は最善を尽くしたと思いたい!なのに諦めきれず しつこく考えてしまう人間の心理っていったい何なんでしょうか。やはりヒマなのですかね。
じつは「ヒマだから」だけではなく、人間の脳の仕組みとして、未解決の問題を何とか解決しようとする性質があるからなんです。
心理学では「ツァイガルニク効果」というものがあって、人は終わっていないことや、納得できていないことほど強く記憶に残り、繰り返し考えてしまう傾向があると言われています。
つまり、達成した事柄よりも、達成できなかった事柄や中断している事柄の方がよく覚えているという特徴があるのです。
これは、ウィーンのカフェでウェイターが客の未払いの注文を正確に覚えていながら、支払済みの注文はすぐに忘れてしまうことに気づいたことがきっかけでした。ロシアの女性心理学者であるブルーマ・ツァイガルニク氏によって実証されました。
過去の後悔も同じで、「もっと良い選択があったのでは?」と考え続けるのは、脳が未解決のパズルを解こうとしている状態なのかもしれません。
また、「もし別の道を選んでいたら…」と考えるのは、ある意味で自己防衛本能でもあります。次に同じような場面に出くわしたとき、より良い選択をするために、脳は過去を反すうして学ぼうとしているんですね。
でも、それが行き過ぎると、ただの自分責めループになってしまう。
だから、「ぐるぐる考えちゃうな~」と思ったら、「あの時の自分は最善を尽くした!」と心と脳に言い聞かせて、意識的に切り替えるのが大事です。
視点を変えるヒント
マリモの掘りごたつ~~さらに、納得できていないから考え続けてしまうというポイントを深掘りしていくコーナー。なんのこっちゃ。
「その時の自分に手紙を書く」
過去の自分に向けて、「よく頑張ったね」と手紙を書くと、意外とスッと気持ちが整理されることがあります。
たとえば、「あの時の私は、あの状況で精一杯考えて決めたんだ。間違いなく、できる限りのことをした。だから、もう大丈夫だよ。」こんなふうに書くと、過去の自分を責める気持ちが和らぎます。
「もし親友が同じことで悩んでいたら?」と考える
自分のことだと厳しくなりがちですが、もし親しい人が「過去のことを後悔しているんだ」と相談してきたら、どう声をかけるでしょう?
きっと「そんなに自分を責めなくていいよ」と優しく言うはずです。その言葉を自分にも向けてみると、心が軽くなることがあります。
「未来の視点から見る」
今の自分は、過去を振り返って悩んでいますよね。でも、未来の自分から見たら、今悩んでいることも「大したことなかったな」と思うかもしれません。
たとえば、5年後、10年後の自分になったつもりで、今の悩みを眺めると、違う視点が生まれることがあります。
「失敗したからこそ得たもの」を探す
後悔の中にも、学びや成長が必ずあります。「あの出来事があったおかげで、こんなことに気づけた」という点を見つけると、過去の経験に意味を感じられるようになります。
たとえば、何かに挑戦してうまくいかなかったとしても、「何も得られなかった」と思うなら、それはまだ振り返れていないだけで、本当は必ず何かしら得ているものがあるはずです。そちらの側面に焦点を当ててみるのです。
同じ出来事でも、「最悪な失敗」と思えば苦しいし、「いい勉強になった」と思えば前に進める原動力になる。結局、出来事そのものが問題なのではなく、自分がどう解釈するかがすべてなんです。
心理学でよく言われる「リフレーミング(視点を変える)」という考え方があって、「失敗した…」ではなく、「この経験のおかげで成長できた!」と枠組みを変えるだけで、同じ過去でも心の負担が軽くなります。
もちろん、「そう思えないから苦しいんだよ!」という気持ちも分かりますよ。でも、時間が経ってから「あの出来事があったから今がある」と思えること、ひとつやふたつあるのではないでしょうか。思い出してみてくださいね。
そうなんです。過去の出来事にどんな意味を持たせるかは、あなた次第なんですよね。
そう考えると、人生に「失敗」なんてないのかもしれません。あるのは「経験」と「成長」だけ。「私の人生、なかなか味があるじゃないか」と、いつの日か過去の出来事も愛おしく感じられるでしょう。
そして、何より大事なのは、「過去の自分を責めない」こと。どんな選択をしたとしても、その時の自分は精一杯生きていたんですから。
こういうことも踏まえながら「ありがとう」を唱えるとグッと深みが増しますね。
どうでしょう?少しでも気持ちが楽になったら嬉しいです!
あなたの大切な時間を使ってお読みいただきありがとうございました。